本丸、東京へ進出す! ~第五話~

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ペガサスキャンドルペガサスキャンドルの軌跡 第五話

1977年8月16日。井上は単身で東京の北千住にいた。

旅行カバンにブライダルキャンドル一式を詰め込んで、提案型のキャンドルサービス営業を続け、地方のシェアをほとんど開拓した。

攻め残るは本丸、東京のみ。その営業拠点と定めたのが、北千住だった。


「北千住と決めたワケですか? これは当時、うちの会社の仕入れ先にコナミ製作所というところがありまして、そこの社長様からご紹介されたのです。『お前1人で東京に行っても金を使うだけだ。俺の会社の事務所が北千住にある。おばちゃんが1人いるだけで、事務にはデスクもあるし、2階には寝泊まりできるところもある。そこを東京の事務所にしろ』と言われました。その方の工場は埼玉県にあり、業務に差し支えないということでご厚意に甘えました。大変、面倒見のいい人でした」

と井上は語る。しかしその日、井上は事務所の前に立ちつくしていた。50年代、60年代ならなんの抵抗もなく入ることができただろう。だが時代は70年代も終わろうとしている。新宿西口は副都心と呼ばれ、高層ビル街計画が着々と進んでいた時代に、井上の目の前に建っていたのは木造2階建ての当時でも珍しくなっていた木造長屋だった。

寝泊まりできるという2階に上がってまず驚いたことがある。2間あるうち、倉庫代わりに使おうと思っていた1間に野良猫が住み着いているのだ。それも5~6匹。もっと驚いたことがある。その猫に胡麻粒のようなものがびっしりとついている。よく見ると、それはノミだった。

「とってもとってもキリがないんですよ。まさか東京に来てノミの集団に会うとは思いませんでしたねえ。動物のノミは人間にたからない、というけれど、やっぱりたかってくるものですよ。それもしばらくすると慣れてきましたが」

井上は笑いながら語る。長屋の両隣には同じような長屋が建っており、窓から陽が差すことはない。加えて夏の湿気。まさにノミの楽天地だ。それでもノミは慣れた。だが、床についた後、うなされることしばしば。眠い目をこすりながら次の日のニュースを聞くと熱帯夜だったという。エアコンはおろか、扇風機さえない部屋ならうなされるのも当然というものだろう。仕方なく、夜になると井上は事務所のおばちゃんが使っていた扇風機を借りることにした。ペガサスキャンドルの東京進出という野望は、こうして始まった。

「それまで東京の結婚式場やホールと取引があったわけではないので、すべて飛び込み営業でした。事務所に居候させてくれたコナミ製作所の社長が元ホテルマンを紹介してくれたんですよ。『The Hotelman』とも言えるような方で、この人が一緒に回ってくれたおかげで、まったくの飛び込みでも商品を説明させてくれることができました。最初に注文を受けたのは東京駅にある大丸のルビーホールというところでした。東京は注文を受けたら、すぐに商品を納入しなければならないので、地下鉄を乗り継いで商品をお届けしていたんですよ」

まだ残暑きびしい時だったが、とにかく井上は嬉しくて商品を抱え、汗を流しながら納入したという。その後、営業の甲斐あって取引の電話が相次ぐ。しかし井上が外に出て営業してしまうと事務所には誰もいない。本社にまで電話がかかることがよくあったそうだ。
『お前んとこの東京事務所は電話しても誰も出ないぞ!』といった内容が度重なり、井上は留守番電話を置く。公衆電話から暗証番号を入力すれば留守電の内容が聞けるというものだ。やがてその留守電だけでは対応しきれなくなるほど注文が相次いだ。

「それまで東京のブライダル関係に収めていたところは注文されたものだけを納品する会社ばかりでした。だから弊社の提案型商品が受けたこと、それからやはり商品のデザイン、品質やアフターサービスが信頼されたのだと思いますね」

もはや、長屋に井上1人ではキャパシティを超えている。井上は長屋のあった場所から歩いて2分ほどのところに倉庫兼事務所を借りることにした。東京での営業のために社員も増やした。東京進出の地盤が出来上がった。


キャンドルの不思議なチカラ。